ぽこぽこ子宮

結婚後1年間で妊娠して流産して子宮筋腫の開腹手術をした話

自分が世界で1番不幸だと思っていた時期かも

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流産と告げられた時は自分を責めたりただただ悲しい気持ちだったんですが

手術してしばらく経ってからの方が周りが幸せそうで『なんで私だけ…』

という気持ちがじわじわと襲ってきました。

 

ホルモンバランスも崩れまくりだったし、

情緒不安定なところもあったんですけど…

 

表で明るくつとめるのに徹した分、一人になると気持ちが落ちてしまいました。

もっと素直に「悲しい、辛い」と言えたら良かったのかもしれないです。

普通にしていたいのにどこかで、いつまでも「辛かったね、頑張ったね」と

誰かに言ってほしい自分もいたり…

 

面倒臭い感情が溢れていました。

 

 

稽留流産にによる子宮内容除去術2

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またもだいぶ遅くなってしまいました…

(どうか懲りずに読んでくださいませ、、)

 

手術当日のお話です。

ずっと近くに人がいてくれたのであまり恐怖や悲しさを感じることはなく

時間が過ぎて行き、手術ベッドの上で少しだけ…泣けました。

 

術後痛みなども特になく、一番記憶に残ってるのが

この『ガーゼ抜き』……笑

カーテンで仕切られてるとはいえ病室のベッドで下半身丸出しの状態で

看護師さんにガーゼを抜かれる。。。

それがまた想像以上に長くて、どんだけ詰め込まれてるんだ?!と

心の中でツッコミまくりでした。

 

この後は一緒にいてくれた編集さんたちが家まで送ってくださり、

夜は夫がちょっと美味しいご飯を「頑張ったね」と食べに

連れて行ってくれました。

 

 

 

 

大変になったのは数日後から…

また続きます。

 

稽留流産による子宮内容除去術1

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子宮内容除去術…手術の正式名だったのですが

なんか悲しいですね。

 

というわけで、今回は流産時の手術の話を。

当日の午前中はバタバタしてるから処置できないということで

前日に色々とやりました。

何かと痛いことが多くて手術前からボロボロ……

 

実はこの頃、引越しの準備をしていまして決定した家の審査が

とても厳しく(都民住宅だったのもあり)申し込んでから3週間近く結果が出ず

次から次に追加の書類が必要でバタバタしてました。

(旧居の引き渡しもあるので決まらないとやばい)

 

入院の日にも不動産屋さんから「明日までにこの書類が必要」という連絡があり

「入院してるし明日手術だし無理!!」って言ったんですが

相手もどうにかなりませんか〜という状況……

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夫さんの仕事は朝早くから夜遅くて、お客さんがいる状況だったので

急には休めないし…もう自分自身もショックとパニックとで

誰を頼って良いか分からずだったんですが

その頃ちょうど仕事で担当してくれていた編集さんが

「私が取りに行って、渡してきます!!」と言ってくれて…

 

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仕事関係の人に迷惑をかけれないと思っていたし、

一人で入院して手術して退院すればいいと思ってたんですが

彼女は手術当日も来てくれました。

本当に本当に感謝してもしきれない方です。

 

 

 

 

 

ちなみに、ラミナリアの前回のお話はこちら↓

 

katanikki.hatenablog.com

 

人知れず悲しみを抱いてる人は多い

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知らなかっただけで、同じ経験をしてる人が周りに多かったこと。

前回の記事を投稿した時もまた「私もそうだったよ」

「うちの妻もそうだったんだ」っていう連絡をいただきました。

 

結婚すらなかなかできなかった私にとって

ある程度社会人経験もして結婚して、ちゃんと子供にも恵まれて

暮らしてる人はとっても眩しくて

子育て大変そうだけど、幸せそうだなぁ〜

人生が順調でいいなぁ………

 

と、ただただ羨ましかった。

 

他人にはわからない悲しみとか悩みとか必ずあるものなのに。

もしかしたらあの病院で診察室から出てきた女性も

流産を経験したのかもしれない。

嬉しくて嬉しくて「今度こそ無事に成長してほしい」と

願っていたのかもしれない………

 

私はこういう時に浜崎あゆみのAppearsって曲が必ず頭をよぎるんですけどね。

(余談です……)

 

子供ができるのも奇跡、無事に育って産まれるのも奇跡

そこから先何事もなく成長していってくれるのも奇跡なんだなと思います。

 

 

次回からはソウハ手術のお話を描きたいと思います。

流産って流れないんだなぁ…

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周りの友達にはなかなか子供ができずに悩んでいる子はいたけど

できてしまえば無事に産んでいる子ばかりだったので

流産というものがあるのは知っていながら

無理したり転んだりしなければ大丈夫なものだと思っていました。

 

病院の先生が誰もいない部屋で泣かせてくれたのは本当に助かりました。

これから先、報告しないといけない人たちの前で

絶対泣いてはいけないと思ったので、最初は声を殺して泣きましたが

ここで泣いておこうと嗚咽を漏らして泣きました。

 

 

 

エコー写真なんて可愛くないと思ってた

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あんなよくわからない画像で、ただ黒い丸があったり白い物体があったり

正直レントゲンとかMRI検査の結果写真を見るような気分と変わらないと

思っていたんですが…

少しずつ変わっていく形や大きさに幸せな気持ちになり、

内側からなんとも言えない不思議な感情がこみ上げてきました。

 

安定期に入るまでは互いの家族にしか言わないつもりでしたが

まだお腹が大きくならないうちから「妊娠した?」と気づく友人がいたり

飲み会などを断ったりする上手な理由が見つからずつい言ってしまったり

仕事も旅行系のものが入ってきてしまって伝えなくてはいけなくなったり

 

なんだかんだでいろんな人に言ってしまいました。

『筋腫もあるし、まだどうなるかわからないのだけど…』

と、付け加えながら言っていたものの

まぁ大丈夫だろうって思っていたと思います。

 

私は「流産」というものを勘違いしていたのです。

 

 

 

いっぺんに舞いこんだ幸せ

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なんとなくたくさんの筋腫があり30歳を超えた自分は妊娠しにくい体だろうと

思い込んでいたので本当に驚きました。

この時の私は本当に良いことばかりがポンポン舞い込んできて

幸せの絶頂といっても過言ではなかったと思います。

 

今の30〜40歳ぐらいの人って男も女も相当願望がない限り

「結婚は30歳前後でいいや」って言ってた世代だと思うんですよね。

だからか、そういう刷り込み意識でどうしても心配だったんですけど……

よくよく考えれば昔は当たり前だった20代前半の結婚子育てが果たして

早いのかどうなのか。(この時はもう24歳だったかな)

 

私の夢を叶えてもらってばかりで申し訳ないな…みたいに

ずっと思っていたので最後の言葉を言われた時はハッとしました。